【死去】石橋政嗣の妻や現在の顔画像は?社会党での功績や自衛隊を…

2019年12月13日、元社会党の委員長で衆議院の石橋政嗣(いしばし・まさし)さんがお亡くなりになったことが分かりました。

95歳でした。今月から入院していた病院でお亡くなりになったそうです。

今回は、元社会党の石橋政嗣さんを取り上げたいと思います。

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【死去】石橋政嗣の妻や現在の顔画像は?

石橋政嗣さんの訃報が報じられた記事はこちらになります。

基地の街・佐世保で護憲や労働運動を支え、旧社会党で書記長、委員長を歴任した石橋政嗣(いしばし・まさし)氏が死去したことが12日、関係者への取材で分かった。95歳。同日、福岡市内で近親者らによる葬儀が営まれた。

葬儀は福岡市内で近親者のみで既に行われたようです。

  • 名前:石橋政嗣(いしばし・まさし)
  • 生年月日: 1924年10月6日 (年齢 95歳)
  • 生まれ: 長崎県
  • 学歴: 台湾大学
  • 政党: 社会民主党
  • 書籍: 非武装中立論、 石橋が叩く: 政界四十年、社会党へ最後の叱咤

石橋政嗣さんは日本の政治家で台湾出身です。

日本社会党書記長や副委員長、委員長を歴任しました。

奥様についての情報を調べてみたところ、残念ながら結婚しているかどうかも情報がありませんでした。

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石橋政嗣の社会党での功績!

石橋政嗣さんは台湾出身で、終戦後に佐世保市へ移りました。

佐世保地区占領軍勤務を機に全駐労佐世保支部委員長、佐世保地区労議長、県労評議長を務めます。

1951年に県議に当選します。

55年には、衆院旧長崎2区から出馬し、30歳で初当選。

以後12回連続当選を果たしたようです。

70年から書記長を7年間務め、83年に第9代委員長にも就任します。

86年に社会党が衆院選で惨敗し、委員長を辞任しました。

90年に政界を引退しました。

衆院時代は60年の日米安保条約改定時に、当時の岸信介首相を厳しく追及し、

「安保5人男」の一人として数えられました。

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石橋政嗣の自衛隊を国民警察隊に!

石橋政嗣さんは、66年に自衛隊を国民警察隊に改組します。

徐々に縮小していき非武装中立を実現する安全保障政策を提唱したことでも有名です。

この政策を巡っては、委員長として当時の中曽根康弘首相と論戦を繰り広げたほか、

「非武装中立論」として出版されました。

このように数々の経歴を持っています。

まとめ

今回は、石橋政嗣さんについて見てきました。

関係者の話によると、石橋政嗣さんは、福岡市で暮らしており数年前までは地元の佐世保市に毎年戻ってきていたようです。

また歴史的すばらしい功績を残した方がお亡くなりになり悲しいニュースが飛び込んできました。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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